2018年、長らく不振にあえいでいたソニーが長いトンネルを抜けようとしています。2017年度の営業利益額は過去最高の7,349億円を記録し、かつて燦然と輝いていたSONYブランドの復調を印象付けました。
この復活劇を導いた平井一夫社長は勇退し、平井氏が三顧の礼で子会社ソネットから本社へ呼び戻した吉田憲一郎氏がその地位を引き継ぎました。ソニーの新時代を感じさせる一幕ですが、その吉田氏はかつて「20年ぶりの過去最高益というよりは、20年間自分自身を越えられなかったと総括すべき」と述べています。
最高益を手土産に社長職を引いた平井一夫氏(写真左)と後継の吉田憲一郎氏(同右)
時は遡り1998年3月期、創業以来の過去最高益を記録したソニー。まるで日本の「失われた20年」を象徴するかのように、ソニーはその最高益を超えるのに長い時間と、多くの自己変革を経験しました。
20年前と現在。ソニーの経営計画の姿にはどのような違いがあるのでしょうか。
世紀末、2000年問題を目前にした1998年。ソニーの利益は、過去最高益となる5,257億円を記録しました。戦後の焼け野原から世界のソニーへと羽ばたき、SONYブランドの輝きと共に絶頂期を迎えていたソニーでしたが、このときも大きな節目を感じさせる過去最高益だったのです。
この発表前の約3ヶ月前、ファウンダーの井深大氏が亡くなりました。ソニーは偉大な創業者を失い、いわゆる「創業世代」ではない出井伸之氏(現クオンタムリープ代表取締役)による指揮のもと、デジタル時代へと突入していきます。
そんな絶頂期のソニーはどのような事業構成をしていたのでしょうか。
まず下図をご覧ください。
出典:ソニー株式会社『SONY アニュアルレポート1998』 P41 ビジネス別セグメント情報
まず目を引くのは、エレクトロニクス事業の大きな貢献です。売上高、営業利益共にソニーグループを大きく牽引しているのがわかります。当時のエレクトロニクス事業はMDやウォークマン、ハンディカム、カラーテレビなど、世界初、世界一を連発していました。まさに「エレクトロニクスメーカーとしてのSONY」の姿がここにあります。
そこに続くのが、ゲーム事業です。1994年に市場に登場し、それまで任天堂の牙城であったゲーム市場を、高精細なグラフィックといった新たな体験で切り開いた「初代プレイステーション」が全盛期を迎えつつありました。
この2事業で営業利益の80%以上を稼ぎ出しており、まさしく「エレクトロニクス帝国」ともいえる圧倒的な強さを誇っていました。
「ソニー最後の破壊的イノベーション」とも言われる初代プレイステーション
音楽事業でも、歌姫セリーヌ・ディオンやマライヤ・キャリーを擁して過去最高益を記録しました。この年、セリーヌ・ディオンのオリジナルアルバムと映画「タイタニック」のオリジナルサウンドトラックは全世界でもっとも売れた上位2枚の地位を独占したのです。
また、映画事業では「メンインブラック」が全世界における劇場興行収入で世界最高を記録。それ以外にも「エアフォースワン」「ベストフレンズウェディング」がアカデミー賞を受賞しました。
この2事業は利益貢献という視点では若干エレクトロニクス事業の後塵を拝してはいるものの、SONYブランドとその繁栄を象徴するような目覚ましい活躍をしていました。
それではここで2017年度に目を転じてみましょう。2017年度の売上高及び営業利益額は以下のとおりです。
ソニー株式会社『2017年度 連結業績概要』 P5 2017年度セグメント別業績
ここで見えてくるのが、1998年とは全く異なる、むしろ別会社と言っていいほどの貢献事業の変化です。
かつて主力事業としてソニー全体の60%以上の利益を稼ぎ出したテレビ・オーディオといったエレクトロニクス事業ですが、2017年度にはそのシェアが22%ほどにまで低下してしまっています。20年の間にアップルやサムスンといった世界の巨大企業が生み出したイノベーションやインターネット時代の本格的な到来が、ソニーをエレクトロニクス業界の主役から追い落としてしまったのです。
一方、大きく目を引くのが、半導体事業と金融事業でしょう。
半導体事業は1998年には「エレクトロニクス」の一部として独立したものの、事業としての扱いがなく、非常にマイナーな事業でした。しかし2017年には事業が大きく成長し、世界シェア1位の画像処理センサーをひっさげ、実に1,640億円もの利益を稼ぎ出しています。
技術的には2年先を走っているとも言われる、圧倒的な競争力を持つ画像処理センサー
また、1998年には全体の4%程度しか占めていなかった金融事業ですが、いまやソニーグループ全体の25%を占めるほどに大きく成長しています。20年の間、ソニー生命の「ライフプランナー制度」や銀行業への参入など果敢な事業拡大により、ソニーグループを大きく牽引する事業へと成長を果たしました。
その結果、失われた20年の間に競争力を失ったエレクトロニクス事業の損失を補てんできるような「キャッシュカウ」事業となりました。この金融事業がなかったらソニーはとっくにつぶれてしまっていたとすら言われています。
かつて利益貢献という面では他事業の後塵を拝していた音楽事業ですが、2017年度には1,278億円もの利益を生み出しています。営業利益率は脅威の15%。スマートフォン向けアプリの大成功や聞き放題サービス(ストリーミングサービス)の伸長、キャラクタービジネスの発展など、多角的なエンターテイメントビジネスの展開が功を奏しています。
スマートフォン向けゲーム作品「Fate/Grand Order」は、スマートフォンゲームで世界第2位の収益を記録するほどの爆発的な人気を博している
最後に1998年と2017年両方で大きく利益貢献を果たしているゲーム事業ですが、この20年間ずっと好調というわけではありませんでした。2006年に発売を開始したプレイステーション3やポータブルゲーム機であるプレイステーションVITAなど、成功とは言い難い成果のまま消えていったコンソールも散見されます。またスマートフォンの普及によりゲームを取り巻く環境が劇的に変化したため、収益性が悪化していました。
しかし、2013年に登場した第四世代プレイステーション4が世界中で爆発的なヒット。これまでのコンソールやソフトのみで収益を上げる売り切り型のビジネスから脱却し、ネットワークを通じて消費者が継続的に課金してくれるような「リカーリング型」ビジネスへのシフトにより、安定的な収益が見込める優良事業へと変貌したのです。
このように、20年の間ソニーは大きな事業ポートフォリオの組み替えを実現し、信じられないほど多様な事業を営む世界でも有数のコングリマリッド企業となりました。
「エレクトロニクスメーカー」としての過去と決別し、また新たな時代へと突入したソニー。これからの20年を支える経営計画の中心的な役割を占める重要なキーワードが、先ほどゲーム事業で言及した「リカーリング型」ビジネスへのシフトでしょう。
ソニーの再起を象徴するように2018年に復活した新型aiboですが、ネットワークを通じて知識を蓄積、成長していく仕組みを取り入れています。またaiboの拡張機能をアプリで販売することが予定されているなど消費者とつながり続け、売り切りではなく、継続的な収益をあげていく「リカーリング型」ビジネスを展開しています。
次の時代へとまた走り出したソニー。過去の栄光に囚われず、新たな挑戦を続けていくその姿から目が離せません。