2015年、大手家具販売会社である大塚家具のお家騒動が世間を賑わせました。前社長である大塚勝久氏(75)と娘である現社長の大塚久美子氏(50)の経営権を巡る骨肉の争いは久美子氏の勝利で幕を下ろし、新たな中期経営計画が発表されました。
それから3年、大塚家具は存続の危機に瀕しています。8月14日に発表された単独最終損益は20億円の赤字と、3期連続の赤字に沈んでいます。営業キャッシュフローは著しく悪化しており、その結果わずか3年の間にバランスシート上の現金及び預金は6分の1に減少しました。
出典:株式会社大塚家具「アニュアルレポート2018」 P31
決算短信には『継続企業の前提に関する注記(ゴーイングコンサーン)※』が付き、身売りとも言える他社との資本提携を模索する様子が報道されるなど危機的状況です。
※業績や財務の悪化によって経営の先行きに不透明感が高まった際に、投資家に注意を促す注記のこと。
創業者である勝久氏から経営権を奪い取った形で久美子氏が鳴り物入りで導入した新たな中期経営計画でしたが、会社自体を存続の縁に追いやる結果となってしまいました。
そんな中期経営計画の実態とは、一体どのようなものだったのでしょうか? 今日は2015年に久美子氏陣営の発表した中期経営計画を紐解いてみたいと思います。
1969年、会員制の高級家具販売店としてスタートした大塚家具。リーマン・ショック後の2009年に14.5億円の赤字を計上したことで、実家の祖業を救う形で表舞台に登場したのが、創業者大塚勝久氏の娘である大塚久美子氏でした。
久美子氏は創業以来大塚家具が一貫してきた会員制ビジネスモデルやそこに軸足を置いた店舗運営・接客スタイルの脱却により、高級志向のブランドイメージを変革しようと試みます。
出典:株式会社大塚家具「中期経営計画(2015年2月)」P5
新生大塚家具は中価格帯の家具市場に勝機を見出します。ミドルクラスの顧客を、IKEAやニトリといった低価格帯の競合から奪おうと試みたのですね。そこで打ち出した戦略が、中価格帯の単品買い需要の呼び戻しとB2B事業の強化です。
出典:株式会社大塚家具「中期経営計画(2015年2月)」P9
こうした戦略を実現するため、4つの施策が中期経営計画には記載されています。マーケティング、店舗経営、販売、B2B事業などそれぞれの項目が実にスキのない内容となっています。その中でも特に注目したいのが、需要の平準化による利益改善を期している点でしょう。
出典:株式会社大塚家具「中期経営計画(2015年2月)」P15
家具販売ビジネスは新学期シーズンや引っ越しシーズンなど、時期によって需要が変動してしまいます。しかし家具の単品買いの促進とB2B事業の拡大はこうした季節変動を抑える効果があります。これにより売上の拡大、利益の改善だけでなく、安定した経営を投資家にアピールすることもできるでしょう。1つの手段が2つ3つの結果を期しており、それぞれの要素が有機的に繋がり合っています。
また、経営計画の全容をみると、まず、環境分析、強みの分析→戦略の策定→施策という流れが綺麗にまとまっている点に気づきます。さらにそれぞれの繋がり、内容が非常に論理的で明快です。「これぞ戦略」とも言えるほど、非常に完成度の高い経営計画です。さらにROEを意識した財務戦略に株主への配当方針、社外取締役を重視したガバナンスの導入など、経営全般に対してスキのない構成です。久美子氏は一橋大学を卒業後、コンサルティング業界で活躍されてきました。その手腕が大いに発揮されているのでしょう。
この久美子氏の経営計画は実際に、父である勝久氏との係争の勝敗にも大きな影響を与えました。2015年3月に行われた定時株主総会ではこの経営計画が議決権行使助言会社に絶賛され、株主の投票判断に影響を与えたといいます。
このようにクオリティ、お墨付き共に完璧と、鳴り物入りで導入された中期経営計画。しかしその結果は皆さんご存知の通りです。
どうしてこのような結果になってしまったのでしょうか?
中期経営計画を見ていくと、そもそも中価格帯がブルーオーシャンだという根拠が非常に薄い点や、既存顧客が離れてしまうリスクを織り込んでいなかった点、そして今まで経営を支えていた多くの幹部が父勝久氏を頼り辞してしまった点など、うまくいかなかった理由はいくつか考えられます。
しかしここで指摘したいのが、ビジョンの曖昧さです。
本経営計画では、以下のようなビジョンを中期経営計画では掲げられています。これをみてどのように感じますか?
出典:株式会社大塚家具「中期経営計画(2015年2月)」P3
ビジョンとは、会社の価値観や存在意義を表しているものです。従業員の共感を呼び、企業の方向性を強烈に示すことが何より重要です。しかしこのビジョンからは、そうした熱量や価値観を感じることは難しいとは思いませんか?
大塚家具の中期経営計画は強みや弱み、施策や戦略がまさに完璧に配置されており、説得力の高いものです。しかし、こうした要素は、あくまでビジョンの実現手段なのです。しかし大塚家具の中期経営計画を見ていくと、まるでそれらをこなすことが経営の目的になってしまっているように見えないでしょうか?
ビジョンとは論理的に導き出されるものではなく、経営者の経験や美意識、感性といったある意味「非論理的」なものから生まれます。「論理的でなくてもいいの?」と思われるかもしれませんが、ヒトが力を発揮するのは、論理的に納得したときではなく、共感し、感動し、感情を揺さぶられたときではないでしょうか。
コンサルタント出身の久美子氏は「論理」には非常に強いですが、人間の本質や非論理的な感性というものが乏しいように感じられます。それが中期経営計画の失敗に繋がっています。
つまり「論理」は正しかったですが、その「論理」の出発点であるべきビジョンが明確ではなかったのです。ちょうど緩い土壌にビルを建てているようなものでしょう。
このようにある意味「完璧」に見える大塚家具の中期経営計画は、そのスタート地点のビジョンが曖昧であったためにその一貫性と説得力を失い、現場と顧客を混乱に陥れました。
中期経営計画の策定の際には、ビジョンの策定により時間を割いてみましょう。そしてそれが現場や目の前の顧客、そして社会にとって共感を呼びうるものであるかどうか、常に問い続けることが何より重要であるといえるのです。