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【ストーリー】売却価格を○倍に!! 事業売却(M&A)担当役員の孤軍奮闘記 第3話

 

私のCFO(最高財務責任者)としてのたくさんの経験の中で、もっとも理不尽さを感じたM&Aのことをお話しします。

経営危機に際した時、事業の一部を子会社化して売却し、根本的な経営再建を試みた時のことです。

 

当時いた会社(以下、当社)は年商が50億円ほどで、従業員はパート・アルバイトを含めて700名ほどの、地方では知られた中堅規模の会社。

IPOを目指し、第三者割当増資を重ねて多くのVC(ベンチャーキャピタル)や取引先から資本を受け入れている状態にあったため、経営危機だからといって、そのまま素直にバンザイをすることなどできないオーナーシップの状況でした。

様々な経営再建策を実施したものの叶わず、最後に選んだのが「優良事業部門の売却」でした。

その事業は年商40億円と、会社のほとんどの売上を稼いでおり、非常にありふれた事業内容ではありますが、毎年1億円ほどの経常利益を上げることができた、薄利であっても堅実なものでした。

 

もうひとつ、IPOの旗印に揚げていた先進的な事業がありましたが、この事業の売上は10億円ほどであったものの、一度横展開ができれば累乗的に事業が大きくなる可能性を秘めており、株主からの期待もあって事業の維持を目指す方針が決定された、という背景をもっていました。

そのため、年商50億円の会社から40億円の事業を切り出し子会社化し、その子会社を売却するという、なかなか奇妙な構図のM&Aに取り組むことになったのです。

 

溶け続けていく現預金は残り半年ぶんほどしか無い状況の中で、1ヶ月と言わず1日でも早く事業を売却し、本格的な経営再建を図りたいのが売り手側の本音です。

しかしながら買い手は当然のように、そのような足元が弱い事情を見逃しません。

時間を掛けて交渉をすることそのものが既に値交渉の一部であり、粘られたら交渉も成り立たなくなるのが、売り手側の実情です。

 

そんな中、まずはオーソドックスにM&A仲介大手のA社に対し、事業売却の見込み調査と買収候補先企業の発掘を依頼しました。

そして同時に、株主系の別のM&A仲介大手のB社に対しても、同様の依頼を打診。

何事もそうですが、大きな取引に際して一つの情報源からだけの助言などはアテにできません。

必ず、2社以上のソースを持ってディールにあたることが必須です。

 

さらに仲介業者は、一般にM&Aでは買い手側の利益を重視して交渉をプロデュースするケースが多いのです。

多くのM&A仲介事業者はその事実を否定するかも知れませんが、常識的に考えればそれが当然の行動であり、実際に売買の場面でも、そのようなことを多く経験しました。

 

では仲介事業者はなぜ、買い手側に有利な交渉を進めようとするのでしょうか?

それはほとんどの場合、事業の売り手は「最初で最後の付き合い」であり、二度も取引をすることなどほぼ想定できないからです。

事業承継でも事業の売却であっても、経営者はM&Aをまとめ終えると多くの場合引退するか、よほどのことがない限り2つ目以降の事業の売却など行わないでしょう。

 

一方で、買い手側は違います。

一般にM&Aで事業を買収し会社を加速度的に成長させようという経営者は、その後もM&Aを繰り返す傾向にあります。

そしてそのような意欲と勢いのある経営者には、銀行も融資をつけるために、事業売却のディールが常にどこかから持ち込まれている状態にあることも多いのです。

つまり仲介事業者にとっては、そのような経営者に良い案件をプロデュースできれば、リピート顧客になってくれる可能性が高いのです。

 

このように、M&Aではそもそも、スタート時点から売り手側が心理的にも経済的にも不利な上に、アンパイヤ役であるはずの仲介事業者まで、相手寄りの笛を吹く可能性が高いという現実が待っていることを覚悟しなければなりません。

売り手側にとっても満足度の高いM&Aを成功させるためには、このような大きな足かせを覆し、少なくとも対等に持ち込むことが最初の課題となるでしょう。

 

私は証券マンとしての経験も含め、そのような予備知識を持っていたために、ディールに臨む前に、ある一つの思い切った方針を固めていました。

しかしながら、やはり相手もM&A仲介のプロ。思わぬ形で、この時の交渉は、完全に手足を縛られた状態からスタートを迎えることになるのです。

 

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【ストーリー】売却価格を○倍に!! 事業売却(M&A)担当役員の孤軍奮闘記
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第1話 【ストーリー】売却価格を○倍に!! 事業売却(M&A)担当役員の孤軍奮闘記
第2話 当事者としてM&Aを経験してきた私
第3話 売り手側は「足元を見られている」!!
第4話 「専任仲介条項」の落とし穴
第5話 やはり交渉決裂、次の一手は……
第6話 テーブルに乗せるのは「利益水準」だけではない!
第7話 レア感を材料に交渉のカードを切りまくる
第8話 最高の事業売却(M&A)を実現するために疑った2つのこと
第9話 【さいごに】事業売却(M&A)における成功!とは