前回の記事では、利益水準ではなく「自社がもつ本当の価値やノウハウ」を交渉材料として引き出すことの重要性についてお話しました。
では本当に買い手は、そのような希少価値のために更に買収価額を上乗せしてくれるのでしょうか?
こればかりはケース・バイ・ケースであり、勘をフルに働かさなければならないところなので必ずそうであるとはとても断言できません。
ですが、どんな世界でも欲しい人の思いが強ければ強いほど、ビット(入札)価格はびっくりするほどの吊り上がりを見せるものです。
さらに買収対象が「今しか買えない」「2つ目はまず出てこない」ものであれば、多少の強気でも許されるのが売り手側の姿勢となります。
4~4.8億円を提示してきた先方に対し、私が8億円という“最低入札価額”を示したのも、このような背景があったからなのです。
もちろん、私の攻勢はこれだけで終わりません。
実は、B社が仲介するb社は、当社が手元に残すことを考えているベンチャー要素の強い事業に共に進出し、さらに大規模な工場を建設して大赤字に陥っている事実を私は把握していました。
つまりb社の思惑は、魅力的な子会社を買うことに加え、本体事業が持つノウハウにも一定の興味があることは確実であるということです。
さらにb社は上場企業でもあり、新たに進出した事業分野での赤字は、株価形成の上でも極めて好ましくなく、事業のテコ入れや改善が厳しく求められていることは確実です。
つまり、「どうしても欲しい」だけでなく、「どうしてもこの会社と関わりを持ちたい」と、当社に対しわかりやすい下心を持っているのは明白でした。
このような事実があるのであれば、私の交渉方針はさほど難しいものではありません。
まずはb社としっかりとコミュニケーションを取り、子会社の売却後は、本体との関係も深め、アライアンスを進めていくことの利益をお互いに確実に意識することです。
当社にとっても、上場会社と共にベンチャー性の高い事業を進められることは非常に大きな利益につながることであり、まさにWin-Winのアライアンスを展開できる手応えを掴むことができるのです。
しかし、友好的な空気を演出できても、まだまだ気を許すわけにはいきません。
この段階でb社の気持ちを確実なものにできれば、当社の再建に必要となる“最低入札価額”への歩み寄りを求めることになります。
正直このあたりは、本業で十分な利益が出ているb社にとっては、説明できる十分な材料さえあるのであれば、数億円程度の差額など大した問題にはならないでしょう。
それが上場企業の体力であり、経営者というものです。
より大きな利益になって返ってくる可能性がある投資には、大胆な決断が期待できます。
そして、すでにこの段階で、おそらく8億円に近い再提示額を引き出すことに手応えを感じていた私は、それをそのままA社にも流し、つまりa社に対し再提示額の上積みを要求しました。
そしてそこでも一定の手応えを感じたら、さらにb社と連絡を取り合いながら、善処を期待したいという要望をお願いする、という交渉を進めていくわけです。
ズルい!と思われるかもしれませんが、これが交渉事であり事業を売却する上で売り手側の利益を最大化できる、数少ない方法のひとつなのです。
「専任仲介」の時に、買い手側の言いなりに運転手になり、アライアンスの話などまるで聞く耳も持たれず交渉材料にならなかった状況とはまるで違います。
必死になって考えれば、必ず答えはある。
そんな信念を持ち、悪あがきを続けた毎日でしたが、ついにa社とb社の最終提示額が伝えられる期日を迎えたのです。
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第2話 当事者としてM&Aを経験してきた私
第3話 売り手側は「足元を見られている」!!
第4話 「専任仲介条項」の落とし穴
第5話 やはり交渉決裂、次の一手は……
第6話 テーブルに乗せるのは「利益水準」だけではない!
第7話 レア感を材料に交渉のカードを切りまくる
第8話 最高の事業売却(M&A)を実現するために疑った2つのこと
第9話 【さいごに】事業売却(M&A)における成功!とは