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【ストーリー】売却価格を○倍に!! 事業売却(M&A)担当役員の孤軍奮闘記 第6話

 

ようやく交渉環境を整えて、いざ交渉が始まりました。

 

まずは通常通りの手順、すなわち、それぞれの会社が当社に対しDD(デュー・デリジェンス)を掛け、事業の価値を精査します。

その上で買収希望額を提示し、そこから最終交渉が始まることになります。

 

そしてこの際、A社が仲介してきたa社が提示した提示額は4.0億円。

それに対して、B社が仲介してきたb社が提示した額は4.8億円。

すでにこの段階で、専任仲介の場合に比べて全く違う数字が出てきたことがおわかり頂けるでしょう。

 

ここからは交渉の腕の見せどころですが、双方ともにまだ、当社の事業に十分な魅力を感じるに至っておらず、この段階での強気な交渉はすぐに降りられてしまうリスクを伴うだけです。

そこで、まずは素直に「当社の再建に必要な金額は正直8億円であり、これを下回る金額での売却は難しい」と伝えるところから始めました。

 

客観的な当社の価値は理解できるが、当社にとっては8億円を下回れば売却に意味がなく、歩み寄りをお願いしたいという姿勢です。

これもまた、ビットの場合にのみ成立する交渉法です。

 

なおこの時も、ビットであるからという理由以上に、まだまだ金額が上乗せになる可能性を強く感じている材料がありました。

それは、当社がありふれた事業であるとはいえ、この規模でこの買い物はなかなか出てこない「レアな物件である」ということです。

 

そのままの状況を話すのは差し控えますが、当時の状況を飲食業に例えてみます。

ご存知のように、日本における食の好みは、地域差が極めて大きいといえます。

カップうどんの味付けが全国で2つ、メーカーによっては4つの地域に分かれて異なるのはよく知られている話ですが、多くのお客様に外食や中食を提供する企業では、上辺だけの好みのリサーチなど、まるであてにすることはできない状況です。

そのため、全国に展開している外食・中食産業の会社の中には、自社のノウハウでいきなり新たな地域に進出することなく、まずは地元の中堅企業を買収し、そのノウハウを吸収しながら地元に好まれる味付けやメニューの開発に着手することがあります。

そのような場合、地元で例えば数十億円の事業規模を持つ会社が売り物に出た上に、そういったノウハウの吸収だけでなく安定的な利益ものっかってくるのだから、欲しくないわけがないでしょう。

 

何事もそうですが、交渉事は相手が「なぜ欲しいのか」を本当に理解する必要があります。

先ほどの例で挙げた外食や中食企業の場合、M&Aマーケットに出てくる地元の企業はおそらくほとんどの場合、利益があることなど期待もできない案件ばかりでしょう。

そもそも、利益が出ている事業であればM&Aマーケットに出てくるはずがないからです。

そこで、ノウハウの吸収を目的に買収案件を探すことになります。とはいえさすがに、余りに赤字を抱えているような会社は困りますよね。

 

当社は数十億円規模で長年に渡り事業を展開している上に、安定的な利益まで出ているのです。

こうなれば、単純にその事業から上がる利益だけが交渉材料であり、買収価額は利益に見合った金額に落とすのが妥当である、という発想がそもそも間違っていることがおわかり頂けますね。

 

交渉相手は、当社の持つ無形の「ノウハウ」をあてにしているのであり、そしてDD(デュー・デリジェンス)を終えた段階で買収価額に反映されているものは利益をみて測った定量的な価値観だけなのです。

 

そうなれば、定性的に先方が欲しがっているもの(この場合はノウハウ)に対して、相手はどれくらいの金額を付けるつもりがあるのか? そこを見極めるのが売り手側の最大のカンどころとなるわけです。事業の買収では、この「相手が本当に欲しいものはなにか」を、冷静に見極めなくてはなりません。

 

もし自分がどこかの会社を買収することを考えた時、あなたは本当にその会社から上がっている利益をあてにして、その利益が欲しいから会社を買収するでしょうか?

そんなつまらない、あてにならないことをするマインドの持ち主は経営者とはいえません。

もしそのようなことをしたいなら、正直国債でも買って運用している方が確実に利益になることは、誰が考えてもわかることです。

 

では、買収側はなぜ会社を買うのでしょうか?

その会社が持っている、有形無形の何らかのノウハウや経験値が欲しいからです。

しかし買い手は、そんなことをおくびにも出さず、「この利益水準ならこの買収額が妥当ですね」と、ポーカーフェイスを決め込むのです。

さらに多くの場合、売り手は自社が持つ本当の価値やノウハウに気がつけていないので、唯々諾々と先方の言い値を受け入れることになるでしょう。

 

売り手側は、まずこの発想の転換から始めなければならないのです。

 

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【ストーリー】売却価格を○倍に!! 事業売却(M&A)担当役員の孤軍奮闘記
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第1話 【ストーリー】売却価格を○倍に!! 事業売却(M&A)担当役員の孤軍奮闘記
第2話 当事者としてM&Aを経験してきた私
第3話 売り手側は「足元を見られている」!!
第4話 「専任仲介条項」の落とし穴
第5話 やはり交渉決裂、次の一手は……
第6話 テーブルに乗せるのは「利益水準」だけではない!
第7話 レア感を材料に交渉のカードを切りまくる
第8話 最高の事業売却(M&A)を実現するために疑った2つのこと
第9話 【さいごに】事業売却(M&A)における成功!とは